第35章 歌とぬくもり
「じゃあ母さん、いってくる!」
「はーい、気をつけてね。」
食器洗いをしている最中に声を掛けられ、後ろを振り向けないまま返事をすると、バタン…と玄関が閉まる音がした。
ここしばらく賑やかな時間が続いたから、急にみんながいなくなると、カチャカチャと食器を洗う音だけがやけに響く。
でも、これを寂しいだなんて思っちゃいけない。
彼らがいなくなれば、当たり前のように元の生活に戻るのだから。
「きゅきゅ!」
隣で食器を拭いてくれていたヒスイが、「全部終わったよ」よ鳴いた。
「ありがとう。…さて、それじゃあ調剤を始めましょうか。」
みんなが来てから、ずっとベポの看病にかかりきりだったから、調剤作業が滞ってる。
別に誰かに頼まれているわけではないし、この島にはモモとコハク以外に人がいるわけではないから、急いでいるわけではないけど。
だけど、みんなが旅立つとき、できる限りの薬を持って行ってもらいたい。
だから彼らが出発するまでに、なるべく薬を作っておきたいのだ。
(ええと…、確かリリアスの実の糖蜜漬けがそろそろいい具合になる頃ね。)
一般的にはクマの薬としての活用法しか知られていないリリアス。
しかし、その実を砂糖やハチミツに漬けて熟成させると、目の疲労回復に効果がある薬となることをモモは知っていた。
戸棚の1番上、ここに壷で漬けたリリアスの実を保管しておいたんだ。
この家の戸棚は少し背が高い。
だから1番の段となると、モモは背伸びをしないと届かないのだ。
一生懸命背伸びをし、棚の奥へと手を伸ばす。
けれど壷はもっと奥に入れてしまったのか、なかなか届かなかった。
横着しないで、ちゃんと椅子でも持ってくれば良かったな…。
いや、むしろヒスイに頼んだ方が早い。
そう思って、ヒスイを呼ぼうと声を掛けた時…。
「ねえ、ヒスイ…--。」
ス…。
突然モモの後ろから逞しい腕が伸び、必死になって取ろうとしていたリリアスの壷を易々と取った。
(……え?)
モモの視線が長い腕をたどり、その人物の姿を捉えた。
ロー…。