第35章 歌とぬくもり
『じゃあさ、キャプテンのお嫁さんになったら?』
まったく、コイツはなにを思って そんなトンチンカンなことを言い出したのか。
ようやく顔を上げることができるようになったローは、忌々しげにベポを睨みつけるけど、当の本人はキョトンとつぶらな瞳を向けるだけだ。
「ねえ、船長どうなんですか!? やっぱり船長もモモのことを良いと思う?」
ああ、コイツらもいい加減うぜェ…。
自分でさえ、持て余しているこの気持ち。
それをここで吐き出せたなら、どんなに楽になれるだろう。
しかし、それができるほど、ローは素直でもなければ純真でもない。
だから、つい、言ってしまった。
「…こんな女、米粒ほどにも興味ねェよ。」
ズキン…ッ!
ああ、久しぶりだな。
まずそう思ったのは、そんな感情。
だって、本当に久しぶりなんだもの。
この、胸の痛みは…。
わかりきっていたこと。
記憶をなくした彼が、自分のことをなんとも思っていないことは、当たり前なんだから。
もともと彼が自分を好きになってくれたこと自体、奇跡みたいなことだったんだから。
なのに、どうしてかな。
こんなに胸が痛むのは…。
きっと、心のどこかで期待してしまったんだ。
ローが自分を気にしてくれるんじゃないかって。
ローがもう一度、自分を好きになってくれるんじゃないかって。
バカね…。
そんなはずないのに。
自分の愚かさにため息が出そうだ。
モモの心に冷たい風が吹き荒れたけど、表情には笑みを作った。
ねえ、ロー。
わたし、あなたがいない6年で、強くなったのよ。
だから、再びあなたがいなくなっても大丈夫。
奇跡は2度は、起こらない…。