第35章 歌とぬくもり
まただ。
また、この匂い…。
出会ったときにも感じた香り。
胸が締め付けられそうだ。
ベポのことを問い詰めるために近寄ったのに、そんなことすら忘れてしまう。
それほど気になる。
どこから香るんだ…?
匂いを追って彼女の髪に鼻を寄せれば、よりいっそう濃い香りがローを包む。
……堪んねェ。
知らずと身体が熱くなる。
「ちょ…ッ、ち、近い……!」
さらに香りを吸い込もうとしたローの顔を、モモの華奢な指が妨げた。
それを邪魔だと思いながら視線を向けると、顔を真っ赤にした彼女と目が合う。
「……。」
「は、離れて…!」
確かに距離は近いけど、それにしたって、ずいぶんウブな反応をする。
それがローの嗜虐心をくすぐった。
このまま唇を重ねたら、いったいどんな反応をするんだろう…。
(…なにを考えてんだ、俺は。)
自分らしくもない思考に、バカじゃないのかと恥ずかしくなる。
「いい大人が、なにガキみたいな反応してやがる。」
「……ッ!」
照れ隠しについ出てしまった悪態が、モモの表情を歪めた。
明らかに不快そうだ。
「あ…、イヤ……。」
モモの機嫌を損ねてしまったことに気づき、ローの方こそ動揺してしまう。
(ちくしょう、なんで俺がこんな女にいちいち反応しなきゃならねェ…ッ。)
自分自身がわからなくて、モヤモヤが晴れない。
「カモミールよ。」
「……あ?」
「だがら、あなたがさっき聞いたこと。カモミールの香りよ。」
どうやらそれが彼女からする香りの正体らしい。
ローの言葉に怒ったのか、もういいでしょ? とばかりに、プイと顔を背けた。
「オイ、ただの冗談だろうが。怒るんじゃねェよ。」
「怒ってないわ。」
「じゃあ、こっち向けよ。」
ローはモモの顎をとらえ、無理やり自分の方を向かせる。
ローの方こそ、なにをそんなに不機嫌そうにしているかわからないけど、これじゃあ、どっちを向くとか関係ないと思う。
むぅ、と頬を膨らませた。
「……笑え。」
「はい?」
この状況で、どうやって…?
再会してからというもの、当然だけど、以前よりローの気持ちがわからなくなった。
今彼は、なにを考えているのだろう。