第35章 歌とぬくもり
ふー、ふーッ!
モヤモヤとした気持ちを払拭するために、釜戸へひときわ大きく息を吹き込むと、着火材として使用した火薬草がバチンと爆ぜ、ブワリと黒い煙が上がった。
「……! ゲホゲホ…ッ」
うっかり煙を吸い込んでしまい、モモは激しく咳き込んだ。
煙が目にしみて、少し距離をとろうと立ち上がる。
(ああ、いけない。窓を開けないと…。)
このままでは部屋がモクモクになってしまう。
そう思ってクルリと身体の向きを変えると、振り向きざまに“なにか”に顔面を打ちつけてしまった。
「ぶふ…ッ! なに…? って、…わあ!」
“なにか”の存在を確かめようと視線を上げたモモは、その正体にものすごく驚いた。
モモがぶつかってしまった“なにか”の正体は、不機嫌そうにこちらを見下ろしたトラファルガー・ローその人だったから。
「び…ビックリした…! どうして急に背後に立っているの。」
「お前が振り向かないからだろ。」
そういえばさっき、こっちを見ろとかそんなことを言っていたかもしれない。
ローをどうやって言いくるめたらいいかを考えるのに夢中で、全然聞いてなかった。
「え、えっと…、なに…?」
どうしよう、まだなにも言い訳を考えていない。
しかし、見下ろされたまま、テンパってぐるぐると目を回し始めるモモに、ローは思いもしないことを聞いてきた。
「…この匂いは、なんだ?」
「……え?」
それは、想像していたどの質問とも違う。
「に、匂い…?」
なんのことだろう…。
「えっと…、まだ鍋は焦がしていないはずだけど…。なにか匂う?」
それとも、火薬草が燃える匂いのことか。
「…そうじゃねェ、この…お前からする匂いのことだ。」
スン…、と鼻先をモモの頭に寄せる。
ちょ、ちょっと…。
距離が、近いわ…!
そんなに近づかれたら、モモの心臓がバクバクと爆音を放っていることに気がつかれてしまう。