第35章 歌とぬくもり
「…いったい、なにが起きた。」
「え、なぁに?」
家に入ってくるなり、そう尋ねてきたローに、モモは食事の支度をする手を休めないまま、聞き返した。
「ベポのことだ。おかしいだろう、なぜ急に…あんなに回復した。」
ベポは少し痩せたとはいえ、それ以外はいたって健康。
元気も有り余っているようだ。
昨日、ここに来るまでは生死の境をさまよっていたくせに、どう考えたっておかしい。
「薬が効いたんだわ。本当に良かった。」
モモはこの異常回復を不思議と思わないのか、たいしたリアクションもなく返事をする。
そのことに、ローは違和感を抱く。
「お前、なんか隠してんのか?」
モモといい、コハクといい、反応がおかしいのだ。
「隠すって…なにを? 良かったじゃない、ベポが元気になったんだから。」
確かに良かった。
良かった…けど、キッチンでこちらを振り向きもせず、淡々と料理を続けるモモに、次第に腹が立ってきた。
「…オイ、こっちを向け。」
「んー?」
鍋の火加減を調整する彼女は、忙しいのか適当な返事を返しただけで、ローの命令に従おうとしない。
その反応がすごく気に入らず、ズカズカとモモのもとへと歩み寄った。
(そうだよね…、そりゃあ不思議に思うわよね。)
釜戸に息を吹き込みながら、モモは内心焦っていた。
理由は当然、ベポのこと。
仲間への愛が強すぎたためか、想いが歌に乗り、彼を不自然なほど回復させてしまったのだ。
勘のいいローは、早々にそのことを問い詰めにきた。
なんとか誤魔化したいところだけど…。
自分がセイレーンであることは、モモとコハク、そしてヒスイだけの秘密だ。
モモは自分の歌を誇りに思うけど、残念ながらセイレーンである事実は自分たちに波乱しか呼び寄せない。
だから、いくらローたちとて、この秘密を再び明かすことはできないのだ。
だって、彼らは近いうち、モモのもとを去っていくのだから。