第35章 歌とぬくもり
ローの言葉に、モモは一瞬 薬を作る手を止めた。
だけどすぐに再開し、ローの顔を見ないまま答える。
「出ないわ、一生……。」
「…一生?」
「ええ、一生。」
今から一生を決めてしまうのか、と言いたげなローに、モモはキッパリと言い切った。
それは、6年前の風の吹く日…。
この島の、あの場所で、モモが心に決めたこと。
わたしは、罪を犯した。
絶対に許されない罪。
愛する人の記憶を奪った。
愛する息子の父親を奪った。
もうこれ以上、自分の都合でなにも奪いたくない。
だからモモは、一生この地を出ないことに決めた。
誰にも気づかれないように。
誰のものも奪わないように。
ロー。
わたしを絶対に、許さないで…。
「これだけあれば、十分。もう戻りましょうか。」
モモが手に持つ瓶の中には、いくつもの雪の結晶が固まって、ひらひらと舞う。
「ありがとう、あなたのおかげで、安全にここまで来れたわ。」
立ち上がり、深々と頭を下げる。
だけど、本当は礼なんか必要ないはずだ。
だって、彼女の薬はベポのために使われるんだから。
そんな他人行儀なモモに腹が立つ。
でも、ローをさらに苛立たせるのは、もっと別のこと。
「…トラファルガー・ローだ。」
「…え?」
頭を下げていたモモは、降ってきた言葉に顔を上げた。
「俺はトラファルガー・ローだ。」
「……知っているけど。」
今さらなんだろう。
自己紹介なら、今朝したはず。
「なら、ちゃんと名で呼べよ。」
「え…。」
思いもよらない指摘に、瞳を瞬かせる。
ずっと気に食わなかった。
他の仲間は名前で呼ぶくせに、ローを呼ぶときだけは“あなた”と呼ぶ。
モモがローの名前を呼んだのは、たったの2回だけ。
それがなぜだか、ものすごく気に入らない。