第35章 歌とぬくもり
「嫌だなぁ、冗談ッスよ。」
威圧感たっぷりの目に睨まれ、ペンギンの背に冷や汗が垂れた。
「冗談で下船を口にするとは…、お前、ナメてんのか?」
やべェな、めっちゃ怒ってる…。
そもそも「船を降りる」だなんてひと言も言ってないのに、なぜそんなに怒るんだろう。
なにか、ローの気に障ることでも言っただろうか…。
ガチギレな様子に、どう反応したらいいか戸惑う。
和やかだった食卓は、一瞬のうちに凍りついてしまう。
こんなとき、ベポがいれば…。
ローの機嫌を治すのは、いつもあのクマの役目だ。
しかし、そんな彼はベッドの上。
助けは期待できない。
マジか…、誰か助けてー。
「ロー、やめて。」
その時、助け舟を出したのは、ベポでもなく、シャチでもなく、ジャンバールでもない。
モモだった。
「ただの冗談でしょう? なにをイライラしてるの?」
「……うるせェ。」
「もう、子供じゃないんだから、楽しい食事の時間を壊さないで。…わかった?」
「……チッ。」
ローは舌打ちひとつ吐くと、席を立ち、ベポのいる病室へと戻っていった。
「あら、拗ねちゃった。」
ああいうところ、本当に変わらない。
「……。」
「どうしたの、みんな。食べましょう?」
黙りこくるクルーに、モモは首を傾げる。
(て…天使だ……!)
全員が心の中で彼女を拝んだことを、モモは知らないままだった。
一方、病室に戻ったローは、看病用の椅子に乱暴に座った。
(チッ…、なんだって俺はこんなに苛つくんだ。)
きっかけはペンギンの戯れ言。
『モモ、結婚して欲しいッス!』
ただの冗談だってわかってる。
それなのに、ものすごく頭にきて、ペンギンを許せなかった。
なぜと言われてもわからない。
自分でも理由がわからないのだ。
どうやってこの怒りを治めようかと、ロー自身、悩んだとき…。
『ロー、やめて。』
彼女に名を呼ばれるのは、2回目だ。
すると、どうだろう。
暴れていた怒りが、嘘みたいに治まった。
なぜ…?
なぜ彼女に名を呼ばれると、怒ったままでいられないのか。
(ちくしょう…。)
理由がわからなくて、今度はそのことにイライラした。