第5章 あなたになら
モモたち一族の歌は、特に決まった歌詞があるわけじゃない。
歌に乗せる気持ちが大事なのだ、と母は言った。
その歌に慈しみの気持ちがこもっていれば、例えそれがドレミの歌でも、カエルの歌でも、『慈しみの歌』となる。
そうは言っても幼い子供に気持ちを乗せることは難しく、モモは『慈しみの歌』『癒やしの歌』『眠りの歌』くらいしか唄ったことがない。
(でも、今なら…もっとたくさんの歌が唄えるのかな…。)
けれどそれを試す機会はきっとない。
自分はもう二度と唄ってはいけないから。
「あれ、モモ。こんなとこで何してんの?」
物思いにふけっていると、シャチから声を掛けられた。
「また薬草? 精が出るなぁ。」
ジョウロ片手に振り返るモモを見て笑った。
そういう彼は釣り竿を携えている。
今晩のおかずを狙っているらしい。
「たまにはモモも一緒にどう?」
(釣り…かぁ、気分転換にいいかも。)
ニカッと白い歯を見せるシャチに、モモも笑顔で頷いた。
「こうやってエサを付けて、こう投げる。んで、ビビッときたら竿を立ててリールを巻くっと…オッケー?」
初めての釣りだ。
シャチは一連の流れを優しく教えてくれる。
(よし、やるからには大きな魚釣るぞ!)
グッと握りこぶしひとつ作り、エサに手を伸ばした。
「あ、モモ、エサは俺が付けてあげ…--」
うにょうにょ…プスリ。
ここは俺が!と意気込んだシャチをよそに難なく虫エサを付けてみせる。
「……虫、平気なんだな。」
ちょっとだけ『きゃー』とか『さわれな~い』という反応を期待してたのに…。
(土いじりするんだもの、当たり前でしょ?)
シャチの下心が見えてモモはやや呆れた顔をしてやる。
「ちぇ…じゃあここは大物釣って良いところ見せるしかないな!」
意気揚々と竿を振る。
陽気で裏表がない彼といると心が落ち着いた。
(ローといると、なんだか落ち着かないもの…。)
ソワソワして、ドキドキする。
その気持ちをなんと呼ぶか、モモは知らない。