第32章 流れゆく時代
その日、男は海賊100人の心臓を手に、こう告げた。
「俺を七武海に入れろ…。」
ドクンドクンと脈打つ心臓がズラリと並び、海軍本部は異様な雰囲気に包まれた。
「なんのために、七武海に入りたい…。」
新しく代替わりした“海軍元帥”赤犬…改めサカズキはそう問いた。
王下七武海…政府の狗となる代わりに、多大な権力を得られるその称号を手に入れたがる海賊は後を絶たない。
しかし この男には、そういった欲望が見え隠れしないとサカズキは思ったのだ。
それならば、いったいなんのために七武海を望む…?
「見たい景色があるのさ。そのためには手に入れなきゃならねェ地位ってもんがある。」
「それが、七武海じゃと?」
「ああ。」
あくまで目的のための通り道。
悪名高き“死の外科医”はそう言った。
その目的がなんなのか…。
それを尋ねたとて、なにも話さないだろう。
しかし、こちらはこちらで空いた七武海の穴を早急に埋める必要があった。
都合の良いタイミング。
それもこの男の計算の内だろうか。
不審な点も胡散臭さも山ほどある。
でも、それはどの七武海も同じこと。
ならば…。
「ええじゃろう。おどれは今日から、政府の狗じゃ!」
「ふふ…、そりゃどうも。」
海軍元帥のひと言で、トラファルガー・ローの七武海入りが決定した。
「だが…ひとつ確認せにゃァならんことがある。」
「…なんだ。」
これは海軍にとっての優先事項。
無視することはできない。
「“奇跡の歌い手 セイレーン”を知っちょるか。」
数年前、政府が追っていた海の妖精が、ハートの海賊団の仲間として存在していたのは、すでに把握済みだ。
しかし、その後、別の報告もサカズキの下に入ってきている。
「奇跡の歌い手…? なんだそりゃ、聞いたことねェが。」
目の前の男は、それがなんだ? と逆に聞き返してきた。
(報告は…、嘘ではないようじゃの。)
トラファルガー・ロー及びハートの海賊団の一味は、セイレーンに関する全ての記憶を失っている…と。
ならば、問い詰めるだけ無駄なこと。
「知らんならいい…。」
人の記憶さえも操ることのできる歌。
“奇跡の歌い手 セイレーン”はなんとしても手に入れたい。
サカズキは、頭の中に存在するホワイトリストに大きく丸を付けた。