第32章 流れゆく時代
今まで苦楽を共にしてきた船が廃船となり、一同はそれを見届けたあと、新しい船へ黙々と積み込み作業を行っていた。
そこへひとりの男が近づいてくる。
「む、誰かと思えば おぬし達か。久しぶりじゃのぅ。」
「ああ…、アンタ。確か職長の…マルだっけ?」
「カクじゃ…。」
こんなにわかりやすいチャームポイントがあるのにと、角張った鼻をさすった。
「悪ィ、で…なに?」
さして悪いとも思ってなさそうに、シャチは手を休めずないで尋ねた。
「いや、なに…。あの娘は一緒でないのかと思ってな。」
「娘ぇ? 誰のことだよ。」
「誰って…、ホラ、おったではないか。おぬしらの仲間に。」
1年前、ここへ一緒に来たというのに、忘れたとは言わせない。
「はァ!? 俺らの仲間に、女なんかいねェよ。他の連中と間違えてんだろ。」
まったく、この忙しいのに…。
仲間に女がいたなら、どれだけ嬉しいことか。
「ウチの船長は、女を仲間に入れやしねェよ。」
「……。」
最初は、シャチが嘘を吐いていると思った。
なんらかの理由で、自分の“本職”に気がつき、誤魔化しているのではと。
しかし、どうにもそういうわけではなさそうだ。
こう見えて、嘘を見抜くことには自信がある。
しかし、彼の目は、表情は、どう考えても嘘を吐いているように見えないから。
(そうか…。忘れた、のじゃな。)
この男だけではない。
一味全体が彼女のことを忘れてる。
(あの娘…、思ったよりやりよる。)
再び訪れるであろう今日を狙って、海軍は今度こそ彼女を捕らえるために、万全の準備をしていたというのに。
(所詮、コヤツらもセイレーンにとっては隠れ蓑でしかなかったということか。)
彼女の方が一枚上手であったことは否めない。
「やれやれ、上の連中にドヤされそうじゃのぅ…。」
カクは諦めたように鼻を掻くと“上司”の下へと報告に行った。
そうしてハートの海賊団は、その日、海軍と戦闘になることなく、新しい船を手に入れたのだ。