第32章 流れゆく時代
「ンマー!! もう今日から乗り換えるってことは、今までの船は解体してしまっていいのか?」
「……ああ。」
今日まで旅をしてきた船。
思入れが無いといえば嘘になる。
しかし、船は乗ってやらねば死んでいることと同じだ。
それならば、自分たちが見守るところで廃棄されるべきだろう。
「ならば、その決意が変わらないうちに早速取り掛かろう。」
荷を降ろし、ハートの海賊団の旗を外された船は、解体所へと運ばれた。
解体のために腕っぷしの良い職人が数人集まり、準備を始める。
その様子をローたち4人は、邪魔にならないように少し離れたところで見ていた。
「なんか…、わかってたことだけどさ。いざ壊されるってなると、切ねぇな…。」
「うん、ボクたちずっとこの船で旅してきたんだもんね。…4人で。」
4人。
その通りだ。
ずっとベポ、シャチ、ペンギンと自分の4人で旅をしてきた。
それなのに、どうして一瞬違うと思ったのだろう。
この嫌な違和感は、この1年ずっとローにつきまとっていた。
だから、ローは船を乗り換えられることに少しだけホッとしていたのだ。
例えば、自室でひとり、研究をしているとき。
いないはずの誰かに、話しかけてしまいそうになる。
例えば、眠りにつくとき。
肌寂しさを感じ、なにかを求めてしまいそうになる。
そして、最近ではめっきり少なくなったが、ふとした瞬間に感じる“匂い”について。
花のような、ハーブのような匂い。
なにに染み付いているのか、時折忘れ物のように残された その匂いが、ローの鼻をくすぐることがある。
その匂いを嗅ぐと、決まって鼓動が乱れ、胸が苦しくなってしまう。
病とも思ったが、そうではない。
原因のわからない痛みは、ローをひどく苛立たせた。
けれど、それも もう終わり。
船は一新され、たまに感じる違和感も、胸を騒がせる匂いも、二度とローの前に現れることはないだろう。
船との別れは心寂しいものがあるが、それよりも、なぜだかローは安心したのだ。
もう、あの痛みに惑わされることはない…と。