第30章 宝よ眠れ
『もっと話したいこと、たくさんあるの。』
ごめんなさい。
わたしを許さないで…。
【モモって言うんだ! ボクはベポ。】
【お、俺、シャチ!】
【ペンギンっス!】
【…トラファルガー・ローだ。】
口の利けぬ彼女は、ローの手のひらに文字を綴る。
【わたしは薬剤師です。あなたの役に立てます。】
【そうだ、お前を俺の女にすればいい。】
驚きに見開かれた瞳が、とても可愛かった。
サラサラサラ…。
頭の中で、その全てが砂と化していく。
「や…めろ…ッ」
『無くなるわけじゃない。…もとの二人に戻るだけ。』
大丈夫。
そう、あなたとわたし。
出会う前に戻るだけよ…。
【モモ、選べ。海軍に捕らわれるのと、俺たちに捕らわれるの。どちらがいい?】
そうして彼女は海賊になり、みんなが見つめる中で、初めてキスをした。
【モモ、これだけは覚えておけ。なにがあっても、必ずお前を守ってやる。】
セイレーンの力をひた隠しにする彼女にそう告げると、子供みたいにポロポロと涙を零した。
サラサラサラ…。
大切な彼女との思い出が、真っ白になっていく。
「…止めろ!」
『あなただけを愛した…。』
一生忘れられない瞬間がある。
【危ない、ロー! 後ろ…!】
愛しい彼女が、初めて自分の名を呼んだとき。
あの感動は、永遠に忘れることができない。
…はずなのに。
サラサラサラ。
それさえもが、儚く散っていく。
「止めろ…ッ!」
止めてくれ、俺の宝を奪うな…!
“お前はそう遠くない未来、1番大切な宝を失うだろう…。”
不意にホーキンスの予言が蘇る。
フザけんな。
それがコレだと言うのか…!
しかし、なぜホーキンスと出会ったのか。
それすらも思い出せなくなっていく。
『ずっと一緒にいられる気がして…、ごめんね。』
泣き虫な彼女。
運動音痴でドジな彼女。
その全てが愛おしかった。
それはいったい、誰のことだっただろうか。