第30章 宝よ眠れ
強く抱きつくと、モモの大好きな匂いがする。
僅かに残る消毒液の匂いと、お日様の匂いが混じり合ったローの匂い。
この香りを一生忘れないように、大きく大きく吸い込んだ。
「…どうした?」
「いい匂いがする。」
「あ? そりゃ、お前の方だろ。」
まだ水気を含んだモモの髪からは、カモミールのいい香りが漂う。
いつの間にか好きになってしまった彼女の匂い。
この香りを嗅ぐと、もっと近くで求めたくなる。
「…部屋に戻るぞ。」
「イヤ…。」
抱き上げようと腰に腕を回すと、それを察知して素早く離れた。
「もう少しだけ、ここから海を見ていたいの。」
「そんなもん、明日も見られるだろうが。」
くだらない、夜の海が珍しいわけでもあるまいし。
「……。」
だけどモモは無言を貫き通し、海から目を離さない。
「チ…ッ、来い。」
ローは舌打ちをひとつ吐くと、モモを手招き呼び寄せる。
“ROOM”
“タクト”
パッと場所が切り替わり、強めの風がビュウッと吹いた。
「きゃ…ッ」
風に身体を押されてバランスを崩す。
しかし、転倒する前にモモの身体はローに支えられた。
「ったく、危ねェな…。」
「だって、急に場所が切り替わるから。」
よく見れば、モモとローがいる場所は、マストの上の展望デッキだった。
どうりで風が強いはず…。
「ここからなら、海もよく見えんだろ。」
くだらないと言いつつも、ローはモモの願いを叶えてくれた。
見えると言っても、夜の海はただの闇。
目に見えるわけじゃない。
でも、高所にいるせいで、四方八方から波の音が聞こえ、まるで海の上に立っているかのような錯覚を覚えた。