第29章 最後の出航
微睡みの中、美しい歌声が聞こえる。
『宝物のような思い出さえ、いつかは色褪せていくから。現実から目を背けて、幸せな夢に逃げた。』
『後悔だらけの昨日が間違いだったとしても、手遅れではないから、何度もやり直せばいいね。』
この歌は、確か聞いたことがある。
そうだ、以前ウォーターセブンで彼女が唄った“目覚めの歌”だ。
『駆け抜ける時代の途中で、何度君を好きになるのだろう。』
『強く強く支え合えたなら、君のためになにを選べるのだろう。』
でも、なぜだろう。
目を覚ます気になれない。
モモの手が、ローの髪を撫ぜる。
『重ね合わせた心の中に、過去と未来、愛しさと寂しさ、僕らが出会い、育んだ日々は、確かにこの胸に息づいているから…──。』
なんだか、悲しそうだ。
心地よい彼女の指先に負けじと目をこじ開けた。
目を覚ませば、いつの間に眠っていたのか、頭をモモの膝に乗せ、横になっている自分がいた。
「…あ、ごめんなさい。起こしちゃった?」
見上げれば、申し訳なさそうにしているモモと目が合う。
「…起こそうとしてたんじゃねェのか。」
「え…?」
「今の歌、目覚めの歌だろ。」
そういえば、以前ローの前で唄ったことを思い出した。
「ううん、気持ちを込めてないから目覚めの歌にはならないの。」
気持ちを込めなければ、歌はただの歌と同じ。
でも、心を空っぽにしたまま歌うことは難しい。
だから、今の歌に名前をつけるならば…。
「じゃあ、どんな気持ちで唄ったんだ。」
「…ただ、口慰めに唄っただけなの。特に何の歌でもないわ。」
「…そうかよ。」
それにしては、不安な気持ちになる歌だった。
まるで彼女が、この腕からいなくなるみたいに…。
「来い…。」
モモの膝から頭を下ろすと、腕を広げて彼女を呼び寄せた。
「うん。」
嬉しそうに擦り寄るモモはいつもと変わらない。
彼女の華奢な身体を抱き、ローは安心して目を瞑る。
モモは素肌の胸に頬を寄せ、彼の鼓動に耳を傾けた。
ドクン…。
ドクン…。
大丈夫。
さよならには、まだ早い…。
この不安がどうかローに伝わりませんように。
規則正しく脈打つ心音を聞きながら、祈った。