第1章 唄う少女
村人しか知らない近道を使って、モモと母は海岸へと出た。
岸に止まっている小舟にモモを乗せ、半ば強引に出航した。
海賊船はこの岸に停泊していない。
海流に乗り、沖に出てしまえば彼らも追って来ないだろう。
モモと母は必死にオールを漕ぎ、沖へと出た。
涙で前が見えない。
父はモモのせいで死んでしまった。
「うぅ…、おかあさん、ごめんなさい。わたしのせいで、おとうさんが…。」
あれほど唄ってはいけないと言われていたのに。
取り返しのつかないことをして、涙ながらに謝罪するモモに母は何も言わなかった。
いや、言えなかったのだ。
「…おかあさん?」
母を振り返ろうと、オールから手を離し床に触れた。
すると、ヌルリ、とした生暖かい感触。
血だった。
潮の匂いで気がつかなかった。
この咽せ返るような血臭に。
「おかあさん!」
先程の追撃で背中に何発も銃弾を受けていたのだ。
母の顔色は青白く、血色がほとんど無い。
それもそのはず、船には母の血で大きな血溜まりが出来ていた。
「すぐ、すぐ治すから…ッ」
母を失う恐怖から、声が震えながらもモモは『癒やしの歌』を唄った。
けれど母は元気にならなかった。
血を流しすぎていたのだ。
『癒やしの歌』は聞き手の回復力を格段に上げることによって傷を塞いだり、病気を治したりする。
あくまで自然治癒力なのだ。
だから失った手足を生やすことは出来ないし、流しすぎた血を生産することも出来ない。
モモには、母を救うことが出来ない。