第22章 可愛いひと
「あなたって、なんてバカなのかしら。」
「…なんだと?」
船の上では彼をバカ呼ばわりする人間はいない。
ローはギロリとこちらを見た。
「そんな顔をしてもダメ。だって、そうでしょう? こんな当たり前のことがわからなくて、自信がなくて…。」
いつも自信満々な彼は、モモのことだけは冷静でいられない。
自分のことで右往左往する彼はなんて…。
「あなたって、なんて可愛いんだろう。」
ふふッ、と顔を綻ばせた。
「…なん…だと?」
これには目を見開いて驚いた。
今まで生きてきた中で、「可愛い」だなんて言われたことはない。
驚愕に開いた口に羽のようなキスを落とす。
「可愛いわ、ロー。そんなバカなところが、とても。」
ほんの些細なことで、ヤキモチを焼いて、疑って。
いつものあなたと大違い。
でも、そんなふうになってしまうのも、わたしのことだけだよね。
「あなたの力で、わたしを切り刻んで。」
「なに…?」
確かにさっきバラしてやる、と脅しはしたが、本当にそんなことをするつもりはない。
「切り刻んでみたらいいの。そうしたら、刻まれたぶんだけ、分裂したぶんだけ、あなたを好きになる。」
そのくらい、あなたを好きなことに自信があるわ。
「ねえ、ロー。さっきあなたは、わたしとあなたじゃ好きの重みが違いすぎるって言ったわね。」
「……ああ。」
「そのとおりだわ、だってわたしの方が、ずぅっとあなたを好きだもの!」
「……!」
なんの力もないわたしだけど、それだけは誰にも負けない自信があるの。