第16章 炎の男
「なァ、いい加減、機嫌直せよ。」
エースは歯形のついた腕をさすりながら、自分の前をずんずん進むモモに声を掛けた。
「怒ってないし、機嫌も悪くない。」
(その割には、頬が膨らんでんじゃねぇか。)
それにしても表情がくるくると変わる女だ。
女というのは、なにを考えているかよくわからないから苦手だが、モモは見ているだけでおもしろい。
「うーん、虫…、いや花かしら…。」
「さっきから、なにブツブツ言ってんだよ。」
「うん、あのね--」
ガサリ。
モモの背後に大きな黒い影がぬっと現れた。
「グルルルル…。」
獰猛そうな、大きな熊。
「おっと。」
すぐにエースは戦闘態勢をとった。
お腹も空いていたし、ちょうどいい。
モモが、クルリと背後を振り返った。
(ヤベ、また泣き叫ぶか…?)
また先ほどの二の舞を想像して、エースはタラリと汗を流す。
しかし、モモはというと。
「…熊か。他の動物は平気なのね。」
またブツブツ呟くと、無視してその脇を通り抜けようとする。
「ってオイ、無視か!」
つい突っ込んでしまったけど、それは熊も同じ気持ちだったらしく、怒ってモモに襲いかかる。
「グォーー!」
“陽炎”
ボッと燃え上がる炎の壁がモモを守り、熊の身体をこんがりと焦がした。
ドサッと熊が倒れた音に反応して、モモが振り向く。
「あれ、なにしてるの?」
「……ちょっと朝メシを。」
ふぅん。と返事をするモモは、たった今、エースに守られたことなど露ほどもわかっていない様子だ。
(よくまあ、こんなんで今まで無事だったな…。)
なんとも危なっかしい。
ちゃんと自分が見ててやらないと。
(別に…、一緒に異変を探るチームなんだから、当然だよな。)
誰に理由を聞かれたわけでもないのに、そんなふうに言い訳を作った。