第54章 【番外編①】海賊夫妻の始まりは
ウォルトの弓は、一見して高価なものには見えなかった。
にもかかわらず、彼は弓の弁償を渋った。
それはつまり、ウォルトの弓は金銭で解決できない大切なもの……ということではないだろうか。
「も、もしかして、誰かの形見とか、先祖代々伝わる伝説の弓とか、そういうものだったりするの……?」
だとしたら、大変だ。
この広い世界には、真っ二つになった弓を修復できる職人もいるだろうが、探し出してウォルトに弓を返すまで、何年かかるかわからない。
しかし、真顔で青ざめたモモを見て、慌てたのはウォルトの方。
違う違う!と両手を振って、弁償を渋った理由を明かす。
「俺らの村じゃ、狩猟の道具は自分で作るものなんだよ。だから、値段を聞かれても困るなって思っただけで。」
「え、手作り? じゃあ、あの弓はウォルトが作ったの?」
「ああ。木材を選んで、自分の身体に合ったサイズに調節して。手間はかかるけど、その分馴染むのが早いんだ。」
ならば弁償をするのなら、新しい弓を作るために費やす時間と労力に見合う慰謝料か。
ここでもやはり金で解決しようと考えたローは、ふとウォルトが別の問題を気にしているような様子に気がついた。
本来なら、無視をするところ。
ウォルトから条件を突き付けられたのならともかく、わざわざこちらが気にして問い掛けるような問題ではない。
けれど、モモは違う。
出会って間もないというのにウォルトを心配し、ローに“親のセキニン”とやらを求める彼女は、できる限りウォルトに寄り添いたいのだろう。
「……はぁ。」
自分から厄介事に足を突っ込むようになってしまうとは、世も末だ。
そう思いながらも、大きなため息を吐いたローは、愛刀を抱え直してウォルトに話し掛ける。
「で、他になにが問題なんだ。気になることがあるならさっさと言え。」
ぶっきらぼうな言い方をしたせいで、ウォルトの顔には僅かな怯えが浮かんだが、それもすぐに消えた。
彼にはよほど、気にしている問題があるようだ。
「……この弓が、一番使い慣れていたんだ。予備の弓はまだあるけど、この弓じゃなきゃ、白鹿は仕留められない。」
白鹿。
それは、モモとベポがウォルトに出会った時、彼が狙っていた獲物の名前である。