第54章 【番外編①】海賊夫妻の始まりは
ウォルトが白鹿を狙っていたことを、モモはしっかり記憶していた。
なにせ、毛色が同じだっただけで矢を放たれたのだから、忘れようにも忘れられない。
商売道具の弓が壊れ、ウォルトが真っ先に心配したのは白鹿の狩猟。
お金でも食糧危機でもなく、白鹿だけを名指しした点がどうにも気になった。
「ウォルトには、白鹿を狩らなくちゃいけない理由があるの?」
モモはこの島に生息する白鹿を知らない。
ただのアルビノ種なだけかと思ったが、なにか村を重大な危機に陥らせる厄介者だったり、血肉が希少な薬になったりするのだろうか。
案の定、ウォルトはモモの問いに頷き、悩ましいため息を吐く。
「白鹿は、昔から縁起物なんだ。角も毛色も真っ白で、それを素材に物を作ると幸福が運ばれてくるって信じられていて……。」
どうやら、モモが想像する理由ではないようだ。
このような逸話や迷信は、歴史深くて小さな集落ではよくある話。
「馬鹿馬鹿しい。ただの鹿が幸福を運んでくるわけねェだろうが。まさかお前、その歳になっても与太話を信じてるんじゃねェだろうな?」
「ちょっと、ロー!」
生け贄や人柱でさえ消え去らない世の中だ。
いくらローが神仏を信じない質だとはいえ、根本から否定するようなセリフはいかがなものか。
モモの心配とは裏腹に、意外にもウォルトは首を緩く左右に振った。
「本気で信じてるわけじゃないさ。ただ、女たちは白鹿の毛皮で作った婚礼衣装を着て結婚すると、絶対に幸せになれると信じてるんだ……。」
結婚、という言葉にローがぴくりと反応した。
それはそうだろう、ウォルトのような少年の口から出るには少々早すぎるワードだ。
だからモモは、単純にこう考えた。
「身内で、どなたか結婚するの?」
ウォルトの姉か、はたまた親戚か。
彼は家族のために白鹿を狩ろうとしているのではないか、と。
しかしウォルトはまたもや首を左右に振り、とんでもない発言をする。
「いや、俺が。」
「え?」
「俺が、結婚するんだよ。」
俺が、結婚する。
そう発表したのは、コハクといくつも変わらない年頃の少年で。
「え、えぇ~~~!?」
ウォルト少年は、まもなく新郎になる少年だった。