第54章 【番外編①】海賊夫妻の始まりは
ウォルトと名乗った少年は、察しのとおり村に住む狩人だった。
モモの推測は正しく、矢を放った理由はベポを森の獣と見誤っただけ。
「へっぽこ狩人だな、お前。服を着た野生のクマがいるわけないだろ。」
「な……ッ、失礼なクマだな! しょうがないじゃないか、木の上からじゃ視界が悪くて、頭しか見えなかったんだよ!」
確かに、頭部だけを見ればベポはただのクマ。
「でも、そうだとしても、あなたひとりでクマを狩るのは危ないんじゃない?」
職業上、森へ立ち入ることが多いモモは知っている。
野生動物の中で、クマはとても凶暴で危険な生き物だってことを。
獰猛で好戦的で、弓矢ひとつで狩るのは至難の業。
「そんなのわかってる。ただ、その……、鹿と………。」
「え、なぁに?」
「だから、鹿と……、鹿と間違えたんだ!」
「あ、そう…なんだ……。鹿と……。」
言葉には出さなかったが、鹿とクマを間違えるのは、狩人としてなかなかに致命的なミスなのではないだろうか。
もしベポが野生のクマで、ウォルトの矢が命中していた場合、逆上したクマに追い詰められ、命の危険に曝されていた可能性もある。
クマは木登りの名人なのだ。
「やっぱり、へっぽこ狩人……。」
「う、うるせー!」
正直、モモもベポと同意見だったが、ウォルトのなけなしのプライドを守るために同意はしなかった。
「だいたい、この島には白毛の動物は鹿しかいないんだ! クマだなんて思わないだろ!」
「そ、そうなんだ。白い鹿って珍しいね。」
「全部の鹿が白毛なわけじゃなくて、一部の鹿だけ。うちの村では、縁起物なんだ。だから、俺は……。」
そう言ったきり、ウォルトは悔しそうに奥歯を噛む。
視線を落として地面を見つめる彼の眼差しは、最初に見た時と同じく、決意に満ちた眼差しだった。