第54章 【番外編①】海賊夫妻の始まりは
「アイアイ~~~!!」
腹に響くほどの声が上がったかと思ったら、地面から足が浮いて身体がぐるんと反転した。
ぱきゃ、と小枝でも折ったような音がしたあと、矢であったものの残骸がぱらぱら宙を舞って大地に落ちた。
モモが状況を把握できたのは、再び地面に足をつけて、戦闘態勢の構えを取ったベポの背中に匿われたあと。
たった一撃の回し蹴りで矢を粉砕させたベポは、つぶらな瞳を吊り上げながら数十メートル先の木の上を睨んだ。
「そこに隠れているやつ、今すぐ出てこい! 出てこないなら、おれの方からやっつけに行くよ!」
巨大な体躯とは裏腹に、ベポの身のこなしは軽く素早い。
その気になれば数秒と経たずに距離を詰め、標的を木の上から叩き落とすはずだ。
刺さるように放たれた闘気を受け、対峙した相手が白旗を上げたのは賢明と言えるだろう。
それが誤解であったのなら、なおさら。
「ま、待って! 待ってくれ!」
緊迫した森の中で応えた声は、場違いなほど若く幼い。
高い木の上から慌てて下りてきたのは、声の印象を裏切らない年齢の少年。
両手を上げ、降参の意を示した少年の顔には見覚えがあった。
「あ、あの子……。」
「え、モモ、知り合いなの?」
「ううん、知り合いってわけじゃないんだけど。」
知り合いどころか、話したことも、顔を合わせたことだってない。
ただ、一方的にモモが見かけただけの少年。
名前も知らない少年は、モモたちが船に戻る際に森に入ったあの少年だった。
「悪い、人がいるとは思わなかったんだ。」
毛皮製の帽子を取り、ぺこりと頭を下げて謝罪する少年からは悪意を感じられない。
しかし、少年のセリフに納得できなかったのはベポだ。
「なに言ってんの? 思いっきり狙ってたよね?」
「いや、俺が狙っていたのは大きな獣で――って、うわァ! クマがしゃべった!」
「……しゃべるクマでスミマセン。」
小さな島の、寂れた村。
外界へ出たこともないような少年は、ミンク族を知らない。
けれどもこれで、事の経緯が見えてきた。
恐らく彼は、ベポを森の獲物と勘違いしたのだ。