第54章 【番外編①】海賊夫妻の始まりは
夕方、モモはベポと共に森へ入った。
ずっと船番をしていたベポの気晴らしと、モモの薬草収集を兼ねた散歩である。
「ふわぁぁ~、やっぱり森の中は気持ちがいいねぇ! 土の匂いとかさ、海にいると忘れそうになるよ。」
「ああ、わかる。菜園で使う土の匂いとは、また違うのよね。」
ベポの故郷は、海を徘徊する巨大な象の背中。
それだけ聞くと「どんな故郷だ!」と驚いてしまうが、実際には緑豊かな場所らしい。
海はどこまでも広いが、実際に行動できるのは船の上で、たまには大地を踏んで駆け回りたくなる。
「モモ、こっちのキノコは? これは毒キノコ?」
「ああ、それは食用には向かないけど、干して粉末にすれば薬になるの。採っていきましょう。」
山菜や樹液、菜園に使う土など、森の恵みを採取しているうちにモモの注意力はそればかりに集中していった。
だから、夕日に照らされ、反射した光に気づけたのは、本当に偶然だった。
「……?」
青々しい木の葉が茂る樹の上に、ぎらりと光った不自然なもの。
光るものの正体が金属製の武器で、その矛先がベポに向いているとわかった瞬間、モモは集めていた薬草の籠を手から落とし、駆け出していた。
「ベポ! 危ない……ッ!」
例えば、圧倒的な体格差から、ダメージを受けた場合に致命傷に繋がるのは自分の方で、ベポにとってはかすり傷かもしれない……なんてことは頭からすっ飛んでいた。
愛くるしいモモの白クマが、れっきとした戦闘員だってことも。
ただ、大事な仲間を守りたくて、それだけで。
ベポを庇おうと白い毛皮にしがみついた時、ひゅん、と風を切ってなにかが放たれる音がした。
ハッとして顔上げたら、鋭い切っ先を向けた矢が、すぐそこまで迫っていた。