第54章 【番外編①】海賊夫妻の始まりは
基本的に、海賊たちは美しい布になど興味も縁もない。
必要なのは滑らかで繊細な絹ではなく、丈夫で使い勝手のいい木綿や麻。
オシャレに気を遣わないわけではないけれど、船の上では常に肉体労働で、いつ何時戦闘が起きるとも限らない。
ゆえに、汚れて困るような服は着ない。
丈夫で機能性が良く、なおかつ汚れが目立ちにくいもの。
それが、海賊が好む服の種類。
「わあ、うっすい。なにこれ、布なの? 生春巻の皮より薄いね。」
「いや、例え方! ていうかお前、爪気をつけろよ? 引っ掛けて解れたら、ドレスにできなくなっちまうぞ!」
今にも触れそうだった手を払い退けたシャチが、ベポから布を守るように立ちはだかる。
猛獣扱いされたベポは気分を害した様子はないものの、素朴な疑問を抱いて首をこてんと傾けた。
「これ、どうやってドレスにするの?」
「どうやって……って、そりゃ、切ったり縫ったりするんだろ。」
「誰がやるの?」
「誰がって……、そりゃ……。」
……誰だ。
互いに互いの顔を見つめ、それから冷や汗を垂らす。
「シャチ、針と糸の扱い上手いッスよね?」
「や、それは釣り針と釣り糸の話だろ? 魚引っ掛ける針と裁縫針を一緒にすんなよ。それ言ったら、ペンギンこそボタン付けるの上手いじゃんか。」
「ボタンは付ける位置と穴が決まってるからいいんスよ。えっと、ジャンバールは……。」
「……俺に針が持てると思うか?」
巨人族よりは小さい、けれど一般男性よりかは遥かに大きなジャンバールの手。
極太の指で持てる針と糸は、それこそマストを縫うような巨大針と細ロープくらい。
となれば、残されたのは……。
「だ、大丈夫! なにせうちの船長は、天才外科医なんだから! 裁縫なんて目を瞑ってでもちょちょいのちょい……だよね?」
「……。」
ローはずっと黙ったままだ。
会話に入らず、買い足した消毒液やガーゼの仕分けに徹した。
が、ドレスを仕立てる話になってから、その手は止まったまま。
要は、この船にいる誰もが、ドレスを作るという工程が頭から抜けていたのである。