第54章 【番外編①】海賊夫妻の始まりは
ずんと重たい空気が漂う中、どうにかしようと頑張るのはクルーたち。
こんな時にベポでもいたら、険悪な雰囲気を和ませてくれるのだろうが、彼は船で留守番中。
「あ、えーっと、上等な服を作るってことは、上等な布があるってことだろ?」
「そうッスよね。あんたの店で1番上等な布を見せてほしいッス!」
店主にはシャチとペンギンが慌てている理由など想像もできないだろうが、そこに踏み込むほど世間知らずでもない。
願われるままに数枚の布を引っ張り出し、ローの前に並べた。
「右からカシミヤの織物、絹のちりめん、シーワームのオーガンジーだ。」
村唯一の店であるわりには、上等なものが揃っていると言えよう。
ヤギの毛から織った布は温かそうで、絹のちりめんは柄も均一で見栄えが良い。
けれども、どちらもドレスにはふさわしくない代物だ。
最後に残ったのはシーワームの布。
シーワームとは海に生息する虫で、糸を吐き、海底に巣を作る習性を持っている。
蜘蛛の糸ほど強度はないけれど、細くしなやかな糸は蚕にも負けず、服飾業界では絶大な人気を誇っている。
青みを帯びた白い布は透けるほど薄く、天女の羽衣のようだ。
「こんな小せェ店で売るようなもんじゃねェだろ。買い手はいるのか?」
「ああ、これは以前、村に座礁した船を助けた見返りにもらった品でね。まあ、確かに買い手がいないんだよ。お客さん、買ってくれるなら多少は割引くよ?」
シーワームの布はとても薄いので、それだけでドレスに加工するには無理がある。
しかし、不思議な色合いの布はモモにとても似合いそうで、ローは迷わず頷いた。
「言い値でいい。それを寄越せ。」
妻の所持品を買うのに、値切るような真似はまっぴらごめん。
割引くと提案してくれた店主の厚意を無視し、決して安いとは言えない額の金を支払った。