第54章 【番外編①】海賊夫妻の始まりは
衣類が置いてあると通された部屋は広く、壁一面に様々な布が収容されていた。
この村では、布の需要が高いらしい。
しかし、事はそう簡単に上手く運ばず、朗報がある分だけ凶報もある。
「布ばっか、だな……。」
シャチの呟きに、ペンギンもジャンバールも無言を貫いた。
品揃えは確かに多い。
が、それらはすべて服になる以前の材料、布生地である。
「服はないのか?」
「あるにはあるけど、種類やサイズは期待しないでくれよ。なにせ、うちの村の連中はみんな、自分で服を作っちまうからね。」
自給自足で成り立っているのなら当然、針仕事もお手の物。
村の女たちは1枚の布から服を作り、刺繍をし、自分たちが着る服をまかなう。
けれど、それらはすべて日常生活における範囲のもので、ローが求めるような華美なドレスであるはずがない。
「……。」
ローの顔が自然と険しくなる。
これまでモモに苦労をさせた分、喜ぶようなことをしたい。
例えば本当に結婚式を挙げるとしても、この村である必要はない。
そもそも、挙式に必要なドレスも教会も、この島にはないのだから。
しかし、次にたどり着く島にだって、それらがあるとは限らず、満足するものを見つけ出すまでに1ヶ月か、半年か、どれほどの時間が掛かるかわかったもんじゃない。
これは、海に生きる者の宿命。
「時に店主、あんたは既婚者か?」
突然ジャンバールが商売にまったく関係のない質問をし、雑貨屋の主が瞬いた。
「はあ、まあ、妻はおりますがね。」
「そうか。ならば、その、この村の結婚式というのは、どのようにする? いや、なんだ、そういう文化に興味があってだな……!」
店主がなにかを言う前に、不自然な言い訳を重ねるジャンバール。
インテリ学者や結婚に夢見る乙女が言うならばともかく、強面な大男が口にすると奇妙な後味が残る。
「そ、そうなのかい。んん、でも、期待するような話じゃないよ。ちょっと上等な服を仕立てて、村のみんなに祝ってもらって、ご馳走を振る舞って、後日役所に届け出を郵送するだけさ。」
田舎村にありがちな結婚式。
救済の欠片もなさそうな話に、クルーは揃って遠い目をした。
今夜の船長は、荒れそうだ。