第53章 セイレーンの歌
「……いいの?」
わたしで、いいの?
強くもなくて、迷ってばかりで、こんな時でさえ臆病なわたしで、本当にいいの?
「お前でなきゃ、ダメだ。」
バカが……と小声で叱られて、また泣いた。
数えきれないほどの涙。
愛する人が選んでくれるのならば、愛する人が必要としてくれるのならば、断る理由なんかない。
そんな選択肢は、最初から存在していなかったけれど。
「わたしを……、ローのお嫁さんにしてください。」
なんて子供っぽい言い方。
でも、幼い頃に憧れていたのは、大好きな人のお嫁さん。
「ずいぶん、遠回りをしちまったな。」
結婚の許しを請いながら、微塵も断られる心配をしていなかったローは、今度こそ証の指輪を左薬指へと嵌めた。
幸せを運ぶスター・エメラルドは、あの日と変わらぬ輝きのまま、モモの薬指で煌めいた。
「……さて、そろそろお前からも言ってほしいもんだな。」
立ち上がったローが、なにかを期待しながら見つめてくる。
「え……、け、結婚してください。」
「違う。」
「ふ、不束者ですが……。」
「違う。鈍いな、お前は。」
眉間に皺を寄せ、少し拗ねた顔をしたローがエメラルドの指輪をなぞる。
その裏側に刻まれた言葉を思い出させるように。
(あ、そっか……。)
そういえば、まだ言ってなかった。
当たり前すぎて、言えてなかった。
「あのね、ロー。」
息をひとつ吸って、彼の胸に飛び込んだ。
6年前より逞しくなったローの胸では、あいかわらず心音が速足で駆けている。
けれどそれは、不安を表す音ではない。
過去と未来を照らす、幸せの音色。
「ロー、愛してる。」
だから、一生、傍にいさせて。