第53章 セイレーンの歌
こちらを見上げるモモの顔色は、今すぐ掻き抱きたいほど悪い。
彼女を抱え、船に戻るのは簡単だ。
しかし、記憶を取り戻したローには、やらなければいけないことがある。
モモの呪いを解く。
それが、あるべき記憶を取り戻したローの使命。
断罪を待つモモは悲壮な面持ちのまま、ローの言葉を待っている。
「お前は、俺たちの記憶を消した。」
相談もなく、ひとりで生きていくと決めたモモは、かけがえのない記憶を消した。
「6年前、俺はお前を愛していた。一生お前を守り、傍にいて、夢を叶えると誓ったな。」
「……ッ」
モモの顔が歪んだ。
ローの胸の中にある心臓が、彼女の痛みを語っている。
裁かれたいと叫んでいる。
「お前を愛し、守り、寄り添い、夢を叶える。……なァ、おい、モモ。」
ずっと捕らえたままの左手を強く強く握りしめ、本当に伝えたかったことを告げる。
どうか、呪いを解く治療薬になれと願って。
「今までの俺と、なにが違う?」
そう問い掛けたら、どんよりと濁った瞳が瞬いた。
「え……?」
「お前を愛してんのも、守りてェのも、共に夢を叶えようと誓ったのも、昨日までの俺が全部思っていたことだ。」
ローはモモを忘れ、そしてまた、恋をした。
運命の相手はひとりしかおらず、導かれるように出会い、恋に落ち、6年前と同じ決意を抱かせた。
「俺を見ろ、モモ。なにをそんなに怯える。怖いことなんざ、ひとつもねェだろ。」
あの日、呪いにかかったのは自分たちではない。
今ここで苦しんでいるのも、自分たちではない。
「俺が、俺たちが、お前を嫌うとでも思ってんのか。馬鹿にすんじゃねェよ、んなわけねェだろうが。」
こちらを見つめるモモの瞳に映ったローは、たぶん、あの日の自分とそれほど違いがない。
失ったものは、確かにある。
でも今は、そんなことより。
「喜んでいいんだ。俺たちが記憶を取り戻したら、お前は……喜んでいい。」
記憶が戻ることは、恐怖の塊。
記憶を戻してはいけない。
そう思う心こそが、モモにかかった呪いの正体。