第53章 セイレーンの歌
視界が真っ暗になりそうだ。
いや、真っ暗にられたなら、どれだけ良かったことだろう。
目前に迫った恐怖から逃げ、気を失えたら、夢だったのなら。
なにも、言えなかった。
どんな奇跡が起きたのかは知らない。
でも、ローが6年前のことを……、あの日、別れを選んだモモを思い出したのは確かで。
わかるのだ。
だって今のローは、顔つきが変わっているから。
呪いから解き放たれた彼は、モモにどんな言葉を告げるのだろう。
我慢できずに溢れた涙がひと筋、頬を伝った。
泣いてはいけない。
泣いてしまったら、加害者のくせに被害者のように見えてしまうから。
肩を離し、頬へと滑ったローの指が流れた涙を優しく拭う。
やめてほしい。
そんなに優しくしないで。
あなたはもう、思い出したんでしょう?
「……泣くな。」
瞬いたら、もう片方の瞳からも涙が零れた。
黙っていてはいけない。
なにかを言わなくては。
でも、なんて言えばいいかわからない。
どうやって許しを乞えば、あの日の罪はなくなるのだろう。
恐怖から全身が震え、ついにローを直視できなくなった頃、彼は、本当に意外な言葉を紡いだ。
「お前を呪いから、解放したい。」
しっかりと告げられた言葉は、よく意味がわからなかった。
なぜなら、モモは呪いをかけた側であり、呪いをかけられたのはローと仲間たち。
モモが意味を理解できなかったことは、ローにもよくわかっていた。
だからこそ、彼はモモの言葉を待たずに、口を開き続ける。
「俺は、お前と過ごした日々を、忘れていた記憶を思い出した。」
モモが消した記憶だ。
それを思い出されるのが、1番怖かった。
「俺が誰を愛し、誰を守りてェと思っていたのか、今なら全部わかる。」
愛されて、守られていたくせに、モモが奪った。
「モモ、お前がたまに見せた怯えの理由も、ようやくわかった。」
知られてしまった。
ならば、もう、もう……。
鈍い頭はうまく回らず、視線は地面に落ちていくだけ。
「こっちを向け。俺を見ろ。」
どうせもう、逃げられない。
諦めにも似た恐怖を抱きながら、モモはローに促され、自ら鋭すぎる眼差しに刺さりに行った。