第53章 セイレーンの歌
心臓が、せわしなく鳴る。
けれども肝心の心臓はローの胸の中にあって、モモは平静を保つように浅い呼吸を繰り返した。
(なんで、そんなことを……。)
離れていた6年。
言葉の意味をいくら考えても、たどり着く答えはひとつだけ。
でも、そんなはずはない。
ローと仲間たちの記憶は、モモが消してしまったのだ。
二度と思い出さないように、彼らの夢の邪魔にならないように、深く深く沈めて、そして壊した。
セイレーンの力は強く、記憶喪失と違って自然に戻ることもない。
だから、ローの言う6年とは、モモが考えている意味とは違うはずだ。
(お願い、落ち着いて。)
速まる鼓動を落ち着かせなければ、心臓の異変に気づかれてしまう。
そう思えば思うほど心臓は荒ぶって、握られた指先までもが震え出す。
そんなモモを宥めたのは、他でもない呪いの言葉を吐いた張本人。
「……落ち着け。」
「え、あ、なんのこと?」
誤魔化してみても、嘘や隠しごとが顔に出やすいせいで、モモが焦っているのは一目瞭然。
掴まれていた右手を頬から外され、ローの胸、心臓の位置まで誘導された。
どくどく、どくどく。
草原を駆ける馬の足音のように早鐘を打つ鼓動は、持ち主の動揺、焦り、不安を包み隠さず教えていた。
己の心音を手で感じたモモはどうにかそれを宥めようと努めたが、しかし、落ち着きたいと願う心とは真逆に恐怖が募るばかり。
涙が滲み、焦りを誤魔化したい一心で息を止めた。
そうすれば、一時的に心拍数は低下する。
「……やめろ!」
右手を解放したローの手が肩を掴み、大きく揺さぶった。
でも、だって、しょうがないじゃないか。
硬直した右手は今もなおローの胸に触れていて、伝わる心音が爆音を奏でている。
真っ青になったモモは、例えるなら死刑宣告をされる間際の囚人のよう。
執行人は愛を囁いてくれた恋人。
愛を囁いてくれたその口で、ローはモモが1番恐れていた事実をついに口にした。
「もう、思い出した。6年前、お前を海賊にしたのは……、コハクの本当の父親は、俺だ。」
鋭い眼光を向けた彼は、長らく恐れていた呪いから解き放たれた。