第53章 セイレーンの歌
「愛してる。」
そう告げられて、モモは数度瞬いた。
耳から脳に伝わり、言葉の意味を理解するまでたっぷり5秒。
理解した途端、顔から盛大な炎が吹き出す。
「な……ッ、な、なにを……ッ」
前触れもなく、それこそそんな雰囲気でもなかったのに、なにを急に言っているのだろう。
ローはあまり、愛の言葉を囁かない。
せいぜい言えて「好き」くらいで、それは6年前とて変わらなかった。
「ど、どうしたの? 熱でもあるの?」
らしくない行動の連発に、いよいよ彼の体調まで心配した。
酒に酔っていると言われた方がよほど納得できる行動である。
握られた手とは反対の手をローの頬に当てる。
少し背伸びをして触れた頬は、微かに熱い。
やはり風邪だろうかと心配したところで、右手首すらもローに捕らわれた。
「約束を、守りてェ。」
「約束? えっと、なにかしたかな……?」
些細な約束なら、数えきれないほどした。
例えば、無断でどこかへ行かないとか。
だけど、冗談の欠片も混じっていない眼差しを受ければ、彼の言う“約束”が重大なものであると窺い知れる。
大事な約束を忘れているのなら、とんでもなく失礼な話。
どう聞き出そうか悩む間もなく、ローが口を開いた。
「お前のことを、諦めない。なにがあっても、離さねェ。傍にいる。」
それが、約束?
なんて大げさな。
そんなことを約束した覚えはないけれど、なにかのタイミングで口にした睦言を本気にしているのだろうか。
なんだか恥ずかしくなって、どう答えればいいのか悩む。
しかし、そんな悩みは次のローの言葉で吹き飛んだ。
「お前と離れていた6年を、埋めさせてくれ。」
6年。
それはモモにとって、呪いの言葉だった。