第53章 セイレーンの歌
「むぐ……!」
頬と鼻にべちんと当たったそれは、弾力があって温かい。
モモの足はかろうじて地面についていて、結果から言えば転倒を免れた。
「いたた……。あ、あれ?」
両手で鼻を覆いながら目を開けば、視界いっぱいに広がる筋肉。
モモは筋肉に助けられた。
なんてことはあるはずもなく、逞しい体躯の持ち主はローだった。
「ロー……、いつの間に……。」
さっきまでは、いなかった。
急に現れたところを見ると、オペオペの能力を使って迎えに来たのだろう。
(なにも、瞬間移動してまで迎えに来なくていいのに。)
船の停泊場所から墓地までは、それほど距離があるわけじゃない。
急を要するわけでもないのだから、普通に歩いてくればいいと思った。
まあ、おかげで助かったわけだが。
「えーっと、黙って出掛けてごめんね? でもほら、みんなよく眠っていたから。」
彼はきっと、無断で出掛けたことを怒っている。
だから先手必勝とばかりに謝罪をした。
「……?」
普段なら、モモが謝っても「勝手に出ていくな」とか、「俺を起こせばいいだろう」とか、過保護の塊発言が飛び出してくるのだが、どれだけ覚悟をしていても今日のローは黙ったままだ。
無言のローほど、怖いものはない。
「あの……、怒ってる……?」
両手を組み合わせ、無意味に指同士を絡ませながら窺い見れば、ようやくローが口を開く。
「……ああ。」
やはり、怒っているらしい。
「頭をぶん殴られた気分だ。」
「え、そ、そんなに……?」
それはちょっと、言いすぎではないだろうか。
強引で横暴な一面はあっても、ローは意外と寛容な人。
「なにか……、あったの?」
「……。」
また黙ってしまった。
困ったモモは、眉尻を下げながら首を傾けるだけだった。