第53章 セイレーンの歌
ローが消えた船内で、号泣していた男たちが身体を起こした。
抱える想いは、それぞれ違う。
ただ、3人には共通した想いがある。
ずっと探していたパズルのピース。
最後のひとつを見つけ出したかのような達成感と満足感。
不完全な自分がようやく完成した感覚は、これまでの人生で味わった経験がないもの。
二日酔いの不調はまだ残る。
でも、身体が嘘みたいに軽いのだ。
「おい、大丈夫か?」
ぐずぐず鼻を鳴らしながら微動だにしない3人にコハクが声を掛けると、俯いたままの体勢でシャチが口を開いた。
「コハク……、お前……、知ってたのか……?」
曖昧な質問でも、コハクにはわかる。
もしコハクの希望が現実となったのなら、ローと長年一緒にいた仲間たちにも、同じ変化が起きているはずだから。
「いや、知らない。」
知るはずがない。
モモは自分の過去をあまり語らず、彼らが泣いている原因であった時代は、まだ生まれてもいなかった。
「おれ、忘れてた……ッ、こんな……大事なこと……!」
奇跡を起こす、セイレーンの歌。
モモは昔、その力を使って大切な仲間たちに呪いをかけた。
しかし、本来なら失われて戻らないはずの記憶が、なぜ今になって蘇ったのか。
「……オレは、セイレーンじゃない。」
何度も言う。
セイレーンではないコハクは、奇跡を起こせない。
だから思う。
奇跡を起こしたのはきっと、コハクではなく仲間たちの方なんだ。
コハクは、母の胎の中で歌を聞いた。
あの日、あれ以来決して唄わなかったはずの歌で、仲間たちは記憶を取り戻した。
忘れてはいけない。
ローが、ベポが、シャチが、ペンギンがそう心に強く想ったがゆえに起きた、小さな奇跡。
「コハク、お前……船長とモモの子だったんスね……。」
「……そうだよ。」
改めて、思う。
自分はローとモモの子供なのだと。
孤島にいた時は、それほど知りたいと思ってもいなかったのに。
父との再会は、思い描いていたものとは違う。
思い描いていたより、もっと、素晴らしい。
トラファルガー・D・ワーテル・コハク。
それが、コハクの真なる名前。