第53章 セイレーンの歌
歌を唄い終えたコハクは、今まで瞑っていた目を開けた。
コハクはセイレーンじゃないから、モモのように奇跡は起こせない。
だから当然、屍と化した仲間たちが元気よく起床する光景など、期待もしていなかった。
でも……。
「うわッ、なんでみんな泣いてるんだよ……!」
仲間たちは、起きていた。
眠りから目を覚ましたという雰囲気ではなく、床に寝転んだまま、嗚咽を漏らしながら泣きじゃくっている。
「え、ちょ、ロー…――!?」
助けを求めようとローの方を向いたコハクは、それまで飄々と立っていたはずの男の顔を見て、今度こそ絶句する。
あのローが、あの冷静なローが、泣いているのだ。
さすがにベポたちと違って泣きじゃくってはいないものの、未だうっすらと残る涙の痕は、コハクを動揺させるには十分な理由。
「……コハク。」
絶句して固まるコハクの頭に、ローの大きな手のひらが優しく置かれた。
「コハク、お前は……、俺の息子……俺の息子だったんだな。」
「は?」
なにを、今さら。
コハクはとっくにローを父親だと思っているし、ローも息子だと認めてくれたはず。
事実、ローとコハクは――。
「……!」
そこまで考えて、とある可能性を意識した。
(そんな、そんな都合のいい話があるわけない……。)
このタイミングで、なんのヒントもなしに、ローがこの事実に気がつくはずは……。
モモが秘密にしている以上、迂闊に返事をしちゃいけない。
だけど、コハクの勘が告げている。
もう、いいのだ……と。
「ああ、当たり前だろ?」
そう告げたら、ローはいつもの不敵な笑みを浮かべ、コハクの髪をぐしゃりと撫でた。
「……行ってくる。」
どこへ?とは聞かなかった。
もし、ローが真実に気がついたのだとしたら、向かう先はひとつしかないんだから。
能力によって音もなく消えたローの姿を見送って、ぽつりと呟く。
「おかえり、父さん。」
長らく不在にしていたコハクの父親が、ようやく母を迎えに来た。
ずっとずっと昔から、コハクが望んでいた、最高の結末。