第53章 セイレーンの歌
涙が溢れた。
男が泣くなんて情けないとか、女々しいとか、そんな感情は一切抱かず、ただ、帰ってきた記憶を意識したら、泣く以外のことができなかっただけ。
6年の時が経って、再会した日のモモを今でも覚えている。
あの日のモモは、今のローと同じく泣いていた。
初対面の見知らぬ男の登場に驚くでも恐れるでもなく、呆然とした表情で涙を流したモモは、夢と現実の区別がつかないようだった。
やはり、今のローと同じように。
『いつまでもあなたを愛したまま、未来の続きを探した。』
一生島から出ないと言ったモモ。
償いきれない罪を犯したと言ったモモ。
コハクの父親だけを愛していると言ったモモ。
馬鹿みたいだ。
薄情にも記憶を失っていた男を想い、罪悪感を抱き、無意味な贖罪を願って生きていたなんて。
『これほど怖いものなんてないんだ、わたしにだってわかってるわ。』
6年前の、運命の日の記憶が戻ってくる。
泣きながら、それでも強く笑うモモ。
手を握り、意識を失いつつあるローの瞳に口づけをした唇は、恐怖のあまり震えていた。
愛する人に忘れられる恐ろしさは、ローには想像ができない。
怒り、喜び、悲しみ。
濁流の如く押し寄せてくる記憶のせいで、様々な感情が頭の中を埋め尽くすけれど。
『悲しんでられないでしょう……?』
あの日、彼女が前を向いたように、今度はローが進む番。
過ぎ去った時は戻らない。
でも、これから先の未来は共に歩んでいけるから。
モモは、ローに多くのものをくれた。
むず痒いほどの優しさも、蕩けるくらいの温もりも、溢れんばかりの愛情も。
コハクという名の、血の繋がった息子も。
セイレーンとDの血を継ぐ、愛しき息子。
彼が起こした奇跡に感謝し、ローは流れる涙を乱暴に拭った。