第53章 セイレーンの歌
それは、ローに多くのものをくれた。
むず痒いほどの優しさも、蕩けるくらいの温もりも、溢れんばかりの愛情も。
でも、ローがそれに与えたものといえば、執着という名の愛だけだ。
一度だけ、柄にもなく愛情を物に込めて贈ったことがある。
金に物を言わす方法を取らず、自らの足で探した贈り物。
それの瞳の色によく似た贈り物を星空の下で渡したら、どんな星にも輝石にも負けないくらい眩い笑みが返ってきた。
“どうしよう、わたし。……死んでしまうくらい、幸せだわ。”
左薬指に輝く贈り物を見たそれの瞳から、ぼろぼろ涙が零れ落ちる。
涙が、笑顔が、なによりも美しくて、これからずっと守っていくのだと思った。
“死ぬなんて、言葉にするな。お前がいなくなったら、この先俺はどうやって生きていけばいい?”
それが死んだら、ローは生きていけない。
なぜなら、それはもう、ローの心臓だから。
贈り物に綴った、ローの想い。
たった一言の、真実の証。
愛してる。
そう綴った贈り物は、今…――。
革紐に通し、首から下げたそれを無意識に握る。
小さな女物の装飾品。
裏側にひっそりと刻まれたそれを目にするたびに、嫌な気持ちになった。
愛した女が、他の男を愛していた過去に嫉妬して。
いや、違う。
他の男なんかじゃない。
金緑色の宝石、スター・エメラルドの指輪。
カモミールの花をあしらって、裏側に愛を刻んだ指輪をお前に贈ったのは……。
『あなたとの日々を、思い出していたいの……。』
記憶の粒が集まって、走馬灯のように蘇っていく。
海で拾ったそれの名前は、無理やり手に入れたそれの名前は、やっと振り向いてくれたそれの名前は。
夢を語ったお前の名前は、愛していると囁いてくれたお前の名前は、一生守ると誓ったお前の名前は。
“ねえ、ロー。わたしも、愛してる。”
俺が愛した、女の名前は。
「……モモ。」
思い出した。
お前の名前はモモ。
今も昔も、俺が愛した唯一の女。