第53章 セイレーンの歌
大好きだと歌を唄いながら、それは崖から飛び降りた。
あなたが、好き。
そんな気持ちが歌を通じで痛いほど伝わってきて、ローは初めて、己の気持ちを口にした。
“ああ。俺も、お前が好きだ。”
涙に濡れた金緑色の瞳に、気色悪いほど蕩けた笑みが映る。
愛しい女へ向ける自らの微笑みを、宝石の瞳を通して初めて目にした。
らしくない。
でも、ワンピースより勝る宝を手にしたら、誰だって同じ笑みを浮かべるのではないか。
この宝はローのもので、他の誰にも同じ微笑みを向けさせやしないけれど。
“約束だ、絶対に君と離れはしない。”
“絶対に、君を絶対に、幸せにしてみせる。”
そう恋の歌を唄ったくせに、大嘘つきが。
なにが離れない、だ。
なにが幸せにしてみせる、だ。
何度も、何度もお前は離れていった。
この、大嘘つき。
お前がいなくて、俺が幸せになれるとでも思ったか?
『さよなら。あなたと過ごした日々ほど、素敵な宝などないわ。』
夢みたいだと思った、あの時の記憶。
素敵な宝だと唄ったその記憶は、まさしく夢の如く儚く消えた。
“ねえ、ロー。あなたの夢はなに?”
“俺の夢は、コラさんの代わりにドフラミンゴを止めることだ。”
あんなこと、言わなければよかった。
そうすれば、ひとりで苦しめずにすんだのに。
そうすれば、あんな歌を聞かずにすんだのに。
“あえて言うなら、ワンピースは必ず俺が手に入れる。”
“じゃあ、わたしはローと一緒にいれば、ワンピースにお目にかかれるってことね。楽しみだわ。”
“そうだな、必ず見せてやる。楽しみにしてろ。”
遙か先の未来を、2人は当然のように語った。
ワンピースを手に入れるその日まで、ずっと傍にいると信じて疑わなかった。
新世界の厳しさも知らぬ海賊の、甘くて生温い夢。
だけど、今なら言える。
俺にとっての夢は、生涯お前と共に歩む未来。
その手にひとつなぎの大秘宝があろうとなかろうと、関係ない。
欲しいものは、金緑色の瞳、キャラメル色の髪、カモミールの香り。
俺の夢は、それだけだ。