第53章 セイレーンの歌
男所帯な一味の中で、わりとペンギンは家事ができるクルーだ。
でも、昔はそんなこともなかった。
家事のなんたるかも知らないし、男なんてそんなもの。
洗濯物を干す時、衣類は裏返して干すと早く乾いて時間の短縮になるとか、布に水分が少しだけ残っている方が皺が伸びやすいとか、そんな知識は持っていなかった。
けれど、知るはずのない豆知識をいつの間にか覚えていて、敬愛する船長の服を干すのも、アイロンをかけるのも、ペンギンの仕事になっていた。
これは、俺の仕事。
なぜなら、遠い昔に託されたから。
その昔、ペンギンは初めてそれに恋をした。
女性経験はそれなりにあるけれど、恋愛をしたことがあったかと問われれば、答えは否。
ペンギンの初恋は、それだった。
しかし、同時に失恋をした。
それの隣には、いつでもそれを守るパートナーがいて、立ち入る隙なんか微塵もなかったから。
いや、立ち入ろうだなんて思ったことはない。
大好きな二人が幸せになるのなら、ちくちく疼く胸の痛みくらい、どうってことないのだから。
ただ、本当に、二人の未来を間近で見られたら、それでよかった。
“ペンギンのそういうとこ、好きよ。”
そう言ってくれたくせに、好きだと言ってくれたくせに。
“俺、もう死んでもいい。”
“そんなこと、冗談でも言っちゃダメ。ペンギンが死んでしまったら、わたしが悲しくてどうにかなっちゃう。”
俺もだよ。
お前が死んでしまったら、悲しくてどうにかなっちまう。
人が死ぬ時は忘れられる時だ、と誰かが言っていた。
それなら、お前は俺たちの中で死んだんだ。
どうして考えてくれなかったんだ。
忘れてしまう俺たちの気持ちを。
“ペンギン、わたしを好きになってくれて、ありがとう。”
礼なんて、言わなくていい。
もう一生、言わなくていい。
あの時、お前が抱えていた不安を思うと、胸が張り裂けそうなくらい辛いから。
気づかなかった俺を、ぶっ飛ばしてぇから。
例え海に巣食う伝説の魔物でも、この想いだけは消せない。
『あなただけを愛した……。』
忘れても、忘れても、何度だって思い知る。
君は俺の、初恋の人。