第53章 セイレーンの歌
大きく息を吸ったあと、部屋に響いたボーイソプラノ。
天使の歌声とはこういうものをいうのか、とは親バカが過ぎるだろうか。
『ずっと考えていたの、言えなかったけど……。』
初めて聞くコハクの歌声は、モモのものと似つかない。
けれど、どこか彼女と重なるのはなぜだろう。
『不安な心をそっと、隠すように笑ってた。』
ふと脳裏によぎった、愛しい人の笑顔。
風になびく、キャメル色の髪。
神秘的な金緑色の瞳。
カモミールの匂い。
『愛しいから壊した……。』
突然、ぐらり、と身体が大きく揺れた。
「……!?」
船が揺れたのかと思って目を開けたが、天井から吊るされた照明も、床に転がったままの酒瓶も、そのような気配を微塵も感じさせない。
揺れの原因が目眩だと知ったのは、コハクの歌の続きを耳にしてから。
『心から離れて……、消えた。』
身体が震え、激しくなる目眩。
なにがどうなっているのかわからず、片手を壁に当てて体重を支える。
唄っているコハクは、気づいていないようだった。
しかし、被害はローだけに留まらず、ベポ、シャチ、ペンギンの身体が震え出した。
ジャンバールだけが安らかに眠っている理由も、今のローにわかるはずもなく。
『さよなら。あなたと別れを選ぶほど、素敵な未来が見たいの。』
心臓が、騒ぐ。
無意識に胸を押さえたが、ローの中で脈打つ心臓は自分のものではない。
どうしようもない衝動を逃したくて、荒ぶる息を吐いた。
一度強く目を閉じて、再び開く。
今ここに、モモはいない。
いないはずなのに、モモと目が合った気がした。
悲しげにローを見つめる、金緑色の瞳と。