第53章 セイレーンの歌
酒が抜けない仲間が4人。
しかも、そのうち2人は大男とクマ。
面倒なオペに時間を費やすくらいなら、自然に回復するのを待った方がまだマシか。
今日の出航を半ば諦めかけた時、ぽそりとコハクが呟いた。
「母さんが帰ってくるまで待ったら? 歌を唄ってもらえば、どんなに深く眠っていても目覚めるよ。」
「そんなこともできるのか?」
「ああ、エースがうちに泊まりにきてた時、そうやって強制起床させてた。」
うっかりその光景を想像しかけて、嫉妬の炎がじりじり胸を焦がす。
ローとは対照的に、エースの眠る島で故人の思い出を呼び起こしたコハクは、懐かしそうに目を細めた。
どう足掻いても、手に入らないモモとコハクの過去。
くだらない嫉妬に苦いものを感じながら、壁に寄り掛かって無茶な要求を息子に向けた。
「どのみち、今ここにモモはいねェ。代わりにお前が唄ったらどうだ。」
「や、オレは男だからセイレーンの力は受け継いでねーし。」
「そんなことはわかってる。だが、こいつらが起きないともいいきれない。試してみろよ。」
コハクの歌で屍と化した仲間たちが起きるとは、本気で思っていない。
ただの気まぐれ……というより、気分転換のつもりだ。
無茶振りをされたコハクは堪ったものじゃないだろうが、彼はまだ黒に染まりきらない純真な子供。
己が船長と師匠、そして父と認めた男の願いを切り捨てきれず、眉間にぎゅっと皺を寄せている。
こうしてみると、他人から言われるように、自分と似ていると思わなくもない。
「……1回だけだぞ?」
「ああ。」
健気にもローの我儘を飲んだコハク。
なにを唄えば、と悩む息子を尻目に、ローは壁に背を預けたまま目を閉じた。