第53章 セイレーンの歌
「あれ、モモ? どうしたのぉ?」
「んーん、なんでもない。昔のベポを見てみたかったなって思っただけ。」
できることなら、ボクがおれに変わる瞬間が見たかった。
思春期の男子みたいに一人称に悩み、あれこれからかわれるベポの傍にいたかった。
「昔のおれ? えへへ、ちっちゃい時はねぇ、おれ可愛かったよ!」
昔のベポというモモの発言を幼少期のベポと捉えた彼は、いかに愛くるしく、白い毛並みがふわふわだったのかを語る。
今でも十分ふわふわだけど。
「おれね、ゾウを出たのはけっこう小さい頃だったんだ~! 航海術はその頃から学んでたんだけど、どういうわけか北の海にたどり着いちゃって、そこでキャプテンと出会ったの。」
「そうなの? それ、初耳かも。」
そういえば、ローとベポたちの出会いについて教えてもらったことはなかった。
口振りからしてずいぶん付き合いが長いんだろうなぁとは思っていたものの、実際に出会ったのは十年以上前らしい。
「いじめっ子に虐められていたおれをキャプテンが格好よく助けてくれてね、それでおれ、一生キャプテンについていこうと決めたんだ!」
「いじめっ子……。クマを虐める人がいるのね。」
「うん! ひどかったんだよ、蹴ったり棒で叩いたり、ボクはなにもしてなかったのに!」
当時を思い出したのか、ベポの一人称が“ボク”に変わる。
愛くるしい子熊を虐めるとは何事か。
「ちょっと待ったあァァ!」
モモとベポとの会話に乱入してきたのは、シャチとペンギン。
こちらもすでに酔っ払っていて、二人仲良く肩を組んでいるくせに、足取りがおぼつかなくなっている。
「おいベポ、モモが誤解するようなことを言うんじゃねぇやい! ありゃお前、しょうがねぇだろ! 突然喋るクマに道を聞かれたら、誰だってバケモノかと思うだろうが!」
「バケモノでスミマセン……。」
ずん……と落ち込んだベポの腕からモモの身体が解放される。
驚いた。
ベポの思い出話に登場した“いじめっ子”が、シャチとペンギンだったとは。