第53章 セイレーンの歌
次にモモがやってきたのは、食堂の外で猛獣スフィンクスと戯れるベポのところ。
一見すると白クマなベポが動物をじゃらす姿は、猛獣同士が遊んでいるようにしか見えなくて微笑ましい。
穏やかな性格のベポは村の子供たちの心を掴んだらしく、傍らのテラステーブルでは遊び疲れた子供たちが幸せそうに眠っていた。
「ベポ、楽しんで…――」
「あ、わあぁ、モモだ! モモがきた! おれねぇ、モモがこっちに来ないかなぁって、すっごく考えてたとこなんだよ!」
大変だ、ものすごく酔っ払っている。
白い体毛のせいでわかりにくいけれど、もしベポが普通の人間なら、その身体は真っ赤に染まっているだろう。
「飲みすぎじゃない? お水、持ってこようか。」
「んー、だいじょうぶ、だいじょうぶ!」
これまで散々酔っ払いの介抱をしてきた身として、「大丈夫」というヤツほど大丈夫ではないと知っていた。
とにかく水を飲ませるためにベポのもとから離れようとすると、巨体なくせに俊敏なクマの太腕がモモの身体を攫った。
「だめ~! 行っちゃだめぇ~! せっかくボクのところに来たんだから、一緒にいて!」
「……!」
軽々と抱き上げられたことよりも、モモが驚いたのはベポの一人称。
「ボク……。」
「あ、え、おれ、ボクって言ったあ?」
「うん、言った。」
「やだやだ、忘れてよ。おれ、昔は自分のことボクって言ってて、でも弱そうだから、おれに変えたんだあ……。」
知っている。
モモはベポの言う“昔”を知っている。
本当はサンドイッチが好物なことも、モモと同じで泣き虫なところも知っている。
たった一言の一人称でモモの心は6年前へと引き戻され、懐かしさと切なさで熱くなり、ベポの頭に己の顔を埋めた。