第53章 セイレーンの歌
初めにモモが足を向けたのは、可愛い息子のところだった。
マルコが医者だと知ったコハクは、宴が開始してからずっと彼の傍で話を聞いている。
コハクの師匠はもちろんローだが、師弟関係に拘らず、たくさんの名医から話を聞くのは成長に繋がるはずだとローも許容していた。
「マルコさん、コハクが邪魔をしていませんか?」
保護者らしく声を掛けたら、完璧に子供扱いされたコハクは不満そうに眉を顰めたが、対するマルコは上機嫌に笑った。
「いや、年齢のわりに賢いボウズだよい。誰かにものを教えるなんざ、しばらくなかったな。」
人好きする笑顔は、教師にも向いていそうだなと勝手な印象を抱いた。
奇抜な髪形はともかく、こんなに優しそうな人が数億ベリーの懸賞金をかけられた海賊なのだから、人は見かけによらないと思う。
「こいつは将来いい医者になりそうだよい。親に似たのは顔だけじゃねぇんだな。」
「え、わたしとコハク、似てますか?」
悪阻や陣痛に耐えて生んだ我が子なのに、今まで誰かに似ていると言われたことは皆無。
だからちょっとだけ嬉しくなって、モモの表情が明るくなった。
「や、嬢ちゃんのことじゃなくて…――んにゃ、なんでもねぇ。」
純粋な笑顔を向けられたマルコがなぜか気まずそうに頬を掻き、深く息を吐いた。
「こりゃエースのやつが手こずるわけだ」などと、よくわからない呟きを落としている。
「あら? コハク、それはなにを飲んでいるの?」
「ん、酒。」
「な……ッ、お酒はまだ早いでしょう!」
慌てて杯を取り上げたが、満たされていたであろう酒は半分ほどに減っていた。