第52章 ハート
鬼畜で性悪なローだけど、愛する女性が本当に嫌がることはしない。
おとなしく抱き寄せるだけに留めた彼は、モモの下に差し込んだ自らの腕を枕代わりにして、露わになった額に頬を擦りつける。
「ん、くすぐったい。」
「これぐらい許せ。本当ならもっと抱き潰したい。」
無尽蔵の性欲が怖い。
もちろんモモもローと愛し合いたいけれど、せめて数日にわけてもらいたい。
「怯えんなよ、今日はもうしねェと言ってんだろうが。」
「なら、怯えさせるような脅迫をしないで。」
ローは約束を破らないから、今度こそ安心して抱きつき返す。
恋人らしい戯れに幸せを感じ、ほぅっと息を吐き出した。
「……今、胸が騒いだな。」
ああ、そうだ。
モモの心臓はローの中にあるから、感情の機微もそのまま彼に伝わってしまう。
「なんでもないの。ただ、幸せだなって思っただけ。」
「そう、か。」
嘘をついてもしかたがないと正直に胸の内を明かしたら、モモの中に眠る心臓がどくんと跳ねた。
「あれ、ローの心臓も騒いだけど?」
「……うるせェ、余計な詮索をするな。」
「えー……。」
自分の行いは棚に上げて、と思わなくもなかったが、まあいい。
彼なりの照れ隠しには慣れているから。
「ああ、そうだ。忘れねェうちに、返しておきたいもんがある。」
やや無理やりに話題を変えたローは、どこからともなく白銀の指輪を取り出した。
ライトの光に反射してきらきら輝くそれは、モモがかつて、愛する人からもらったスター・エメラルドの指輪。
温泉街で外したままだった指輪は、ローが大事に保管してくれていたらしい。
ローにとっては、モモの昔の男が渡したであろう指輪を。
「大切なもんだろ?」
「……うん、とても。」
「なら、ほら。失くしちまわないうちに嵌めておけよ。」
美しく神秘的なエメラルドに手を伸ばし、束の間、鮮やかな緑を目に焼きつけた。