第52章 ハート
喉の渇きを覚え、モモが目覚めたのは夜が明ける前だった。
うっすらと開けた視界に淡い光が差し込み、スタンドライトを消し忘れたのかと思って手を伸ばす。
が、なにかに拘束されているかのように、身体はちっとも動かない。
「ん、う……。」
「……起きたのか?」
すぐ傍から心臓に悪い美声が落ちて、かっと目を見開いた。
「え、ロー……?」
「他に誰がいる。少なくとも、お前と同じベッドで眠る男がいたら、夜明け前にはこの世から抹消してやるがな。」
ああ、その物騒な物言いは間違いなくローでした。
「水、飲むか?」
「うん。」
いつの間にかモモはローの部屋に移動していて、裸のまま彼に抱きしめられていた。
なぜローの部屋に移動したのかは、あまり考えたくはない。
今頃、モモのベッドは見るも無残な状態になっているだろう。
久しぶりに抱き合ったローは以前にも増して過保護で、モモを抱き寄せたまま片時も離さず、器用に片手でグラスに水を注いだ。
「ほら、零すなよ。」
「ん、ありがとう。」
零すなと言うのなら、邪魔な腕をどかしてほしい……とは、賢明な判断にて口にしなかった。
「眠らなかったの?」
ついたままのライトに目をやり、眠った様子がないローに尋ねると、寝不足が通常運転と化した彼が微かに笑って頷いた。
「もったいねェだろうが。せっかく、お前の寝顔と裸が見放題だってのに。」
「……ねぇ、せめてそこは寝顔だけにしてくれない?」
「無理だな。ああ、また突っ込みたくなってきた。」
「絶対にやめて。」
際限なしの体力自慢なバケモノと違い、モモはごく一般的な人間だ。
二度までならばともかく、ローのペースで三度目まで付き合ったら身体も心も持ちそうにない。
「挿れるだけならどうだ?」
「……。」
「わかった、冗談だ。」
嘘だ、微塵も冗談じゃなかった。
そして許可をしたら最後、挿入だけで済まないという未来も知っている。