第52章 ハート
「コハク、ちょっといい?」
用意してもらった椅子から立ち上がり、モモはコハクを船の後方へと誘った。
「足、立ち上がっていいのか?」
「大丈夫よ。本当に軽い怪我なの。みんなが大げさなだけだから。」
自分の方がよほど重傷なくせに、素直にモモを心配するコハクの頭を撫で、後方デッキへと歩いてく。
麦わらの一味のおかげで、ハートの海賊団はもれなく宴に巻き込まれ、二人きりの空間を作るのに苦労はしない。
「どうしたんだよ、なんか心配事でもあるのか?」
「ううん、そうじゃなくて。……約束を、果たそうと思ったの。」
「約束…って……。」
「忘れちゃった? コハクのお父さんの名前、教えてほしいって言ったじゃない。」
忘れるはずがないと知っていながら、こんなふうに尋ねるモモは、やはり怯えているのだろう。
父親の正体を知ったコハクは当然疑問を覚えるだろうし、それに付随する真実も知りたくなるはずだ。
問われたら、答えるのがモモの責任。
そうはわかっていても、6年間黙り続けていたモモの緊張は高まる。
「あのね、あの……。コハクのお父さんの名前は…――」
大海の海賊、トラファルガー・ローだ。
覚悟を決めたモモがそう言おうとした時、それを遮るようにコハクがモモを呼んだ。
「待って、母さん。」
「……な、なに?」
せっかくの覚悟を寸止めされ、呼吸が乱れた。
ここまで話したなら、コハクだって話の本筋を理解しているはずなのに。
すると、片手で頭を掻いたコハクは予想外のことを口にした。
「その約束だけど、やっぱりいいや。」
「え……?」
生き抜くための希望とまで称した約束を、今になって拒否する理由がモモにはわからない。
「もう、いいんだ。」
「どうして?」
「知りたかった答えは、未来の自分に聞いたから。」
そう告げたコハクは、晴れ晴れした笑みをモモに向けた。