第52章 ハート
大海原を、船が走る。
すべてを取り戻したハートの海賊団と麦わらの一味は緊急事態にも関わらず、あろうことか宴を開いていた。
手足に軽度の凍傷を負ったモモは、用意された椅子にひとりだけ腰掛けている。
他のクルーは戦闘による傷以外に負傷しておらず、凍傷を負ったのはモモだけだ。
さすがはバケモノ。
「モモ、その髪……。赤犬にやられたの? 女の子の髪を焼くなんて、とんでもないやつだ!」
「ありがとう、ベポ。でも、髪くらいで済むなら儲けものよ。」
「んなわけあるか! 髪は女の命だろ?」
「シャチ……。なにも丸坊主になったわけじゃないんだから。」
短くなった髪を見て、モモの傍に寄ってきた仲間たちは嘆き怒った。
ワノ国じゃあるまいし、女の髪が命と同等だなんて時代錯誤もいいところ。
そんなことを言っていたら、美容師は職を失ってしまう。
「わたしはけっこう、すっきりしたんだけどな。コハク、どう思う?」
「短い髪も似合ってると思うよ。でも、もうちょっと手を加えた方がいいんじゃねーの?」
唯一の肉親はモモの変化に肯定的で、焼き切れた髪を指で摘まんで弄った。
一応水で濯いだけれど、縮れた髪先は刃を入れなければ見栄えが悪い。
「そういうことなら、俺に任せろって!」
話を聞いて近づいてきたのは、ウソップ。
彼は狙撃手でありながら、細工師の真似事にも精を出し、フランキーに次ぐ器用さを持ち合わせている。
「髪、切り揃えてやるよ。散髪の腕には自信があるぜ? うちの連中の髪を整えてるのは、なにを隠そうこの俺なんだからな!」
「みんなの髪を? すごい……。でも、いいの?」
「当ったり前だ! ナミに見つかると金を要求されるから、ちょちょいとやっちまおうぜ。」
例え自分の手を煩わせたわけでなくても、クルーの労力を金銭で考えるのがナミだ。
「あ、じゃあ、早いとこやっちまいな。そっちの航海士もそうだけど、うちの船長に見られてもマズイぞ。他の男に髪触らせるの、絶対に怒ると思うから。」
「え……。」
一瞬の間に、ウソップの顔に後悔の色が浮かんだ。
だからモモはいち早く彼の手に鋏を握らせ、逃がさないようにする。
「ウソップ、お願いします。」
「お、おう。」
なにはともあれ、無事に散髪は済んだ。