第52章 ハート
ローの指に触れた髪先の一部が、ほろりと崩れて異臭を放つ。
長かった髪が肩の高さで焼き揃えられて、妙に頭部が軽く感じる。
サカズキを引きつけて逃げたあの時、視界に燃えた髪が映ったけれど、夢中で気にも留めなかった。
命さえ無事なら、足でも腕でも持っていけと思っていただけに、髪如きで済んだのは幸運だろう。
「ねえ、あまり動かないで。ひどい怪我なんだから。」
モモとは違って深手を負っているローを心配したら、彼の瞳がくわっと見開く。
「俺のことはどうでもいい! 髪が焼かれたんだぞ。……守ってやれなかった。」
「え……。髪くらい、なんてことないよ。」
「ふざけんな、髪の毛1本だって失いたくなかった。全部、俺のものなのに。」
異臭を放つ燃えカスを手のひらに握り、ローは唇を寄せた。
たかが髪に、唇を寄せた。
かつてモモが髪を伸ばしていた理由は、母と同じ色だったから。
母の髪は長くて、憧れからか、恋しさからか、モモは髪を伸ばすようになったのだ。
でも、ローと別れてからは、髪に残った思い出を消したくなくて、1ミリたりとも切らなかった。
ローは覚えていないだろうけれど、昔のローはモモの髪を気に入って、何度も撫でて髪の感触を楽しんで、今のように唇を寄せていた。
自分でも未練がましいとは思いながら、ローが触れた髪を切りたくなかったのだ。
だけど、今は違う。
「これでいいの。これで、よかったんだから。」
髪に残った未練は、後悔の証。
もう二度と後悔しないように、自己犠牲という名の自己中心的なモモと決別するために、過去の未練は断ち切った方がいい。
「髪なんか、また伸びるよ。そうでしょう?」
生きている限り、髪も心も成長する。
過去を気にするより、未来を歩みたい……そう思えるようになっただけで、十分すぎるほどの代償だ。
晴れやかに笑ったら、ローはそれ以上なにも言わなかった。
代わりにモモをもう一度抱きしめて、腕を緩めることなく抱き上げたのだった。