第52章 ハート
ジャンバールが別れた時、仲間たちには目立った怪我もなく、そして周囲には敵がいなかった。
もちろん、ここは海軍が拠点を置く島なので安全とは程遠く、新たな強敵が現れる可能性は十分にある。
現にベポたちは連絡が取れなくなったローの身を案じ、彼を探しにいくためにジャンバールと別れたのだ。
こんな世界で生きているから、海賊を名乗る者ならば、一度の別れが永遠の時を隔てる可能性があると知っている。
ジャンバールもかつて、己を慕って配下についた仲間たちと、永久の別れを経験していた。
しかしだからといって、ジャンバールが動揺しないかと言えば、それは別の話。
「コハク、ペンギン! いったいなにが……ッ!?」
モモとコハクが船から消えたと知ったジャンバールは、歩んできた人生による経験から、最悪の想定をしていた。
海軍や政府にとって価値があるのはセイレーンと呼ばれるモモひとり。
ならば、彼女を守ろうとする子供など、彼らにとっては鬱陶しい邪魔者にしかならないのだ。
仮にも正義を掲げる軍人ならば、いくら海賊船に乗っていても幼子の命までは取るまい……そう考える一方で、赤犬という男がどれほど冷徹な軍人であるかも知っていた。
けれども、コハクはボロボロの有様であってもこうして無事に生還し、ジャンバールの前に現れた。
未だローとは連絡がつかず、モモの行方もわからない。
状況としては最悪なままで、一味崩壊の一歩手前。
それでも、コハクの無事はジャンバールに明るい未来を思わせてくれた。
「状況説明はあとって言っただろ! 今はペンギンの治療が先……チョッパー!?」
状況を把握できていなかったのはコハクも同じで、彼はここにいるはずのない麦わらの一味に、たった今気がついたようだった。
「助かった! 頼む、ペンギンの治療を手伝ってくれ!」
「お、おう! ひどい怪我だ……。すぐに手術をしないと……!」
「うちのオペ室を使ってくれ。船長がアレだから、設備がやたらいいんだ。」
いくら大人びていても、コハクは半人前の医者。
医者仲間のチョッパーを見つけて幸運に感謝し、ジャンバールたちをそっちのけでペンギンをオペ室に連れ込む。
すっかり置いてきぼりを食らった一同は、ただその場に立ち尽くすしかなかった。