第13章 証
「ほら、大丈夫か?」
「うう、大丈夫…。」
優しさに甘え、差し伸べてくれる彼の手を借りて立ち上がった。
そのとき、風が吹き、フワッとある花の香りが漂ってきた。
モモにとっては、日常的な香り。
ローにとっては、愛しい人の香り。
「これって…。」
香りに誘われ、風が吹く方へと足を進めた。
茂みを掻き分けると、あたり一面に…。
「すごい、まるでカモミール畑だわ。」
真っ白なカモミールが野原を埋め尽くしていた。
「これがカモミール…。」
香りだけはモモが好むゆえに、よく知っていた。
しかし、ローがその花を目にしたのは、初めてのこと。
白いキク科の小さな花。
薔薇のような美しさも、百合のような清廉さもない。
正直、地味な花だと思った。
そんなローの気持ちを察してか、モモがカモミールについて語った。
「ロー、カモミールっていう花はね、とっても強い花なのよ。」
何度踏みつけられても、千切られても、ものともせずに立派な花を咲かす。
踏まれれば踏まれるほど、強い花に育つのだ。
こんなに小さな植物なのに、誰にも負けずに密やかに生きるこの花が、モモは大好きだった。
「花言葉は、『逆境に負けない力』と『大きな希望』という意味があるの。」
「逆境に負けない力と、大きな希望…。」
まるでモモのようだと思う。
セイレーンという大きな力を抱え、どんなに苦しいときも、モモはいつも笑顔を絶やさなかった。
(俺には無理だ。)
苦しみや悲しみは、怒りと憎しみにしか変えることができない。
モモみたいに、許すことのできる心の強さは自分の中には存在しない。
それを純粋に尊敬すると同時に、ひとつの希望も生まれる。
彼女が傍にいれば、自分も変われるのではないか、と。
復讐にだけ囚われるのではなく、もっと別の、違う自分に…。
(大きな希望…か。)
ローにとっては、モモこそが希望。
絶対に手放すことのできない、唯一の光なのだ。
この花は、まるでモモのようだ。
そう思ったら、急にこの地味な花が愛おしくなった。