第52章 ハート
モモの視界には、すべてが映っていた。
海軍元帥たるサカズキを、決して軽視していたわけではない。
けれど、セイレーンの力により彼に打ち勝てたことで、心のどこかで見くびっていたのかもしれない。
人間は生きている限り、底知れぬ力を発揮できるもの。
それは敵とて同じことなのに。
戦意を喪失した二人を嘲笑うかのように、サカズキは怒りと覇気を纏って襲い掛かってきた。
彼の瞳に映るのは、船長であるローではなく、まっすぐにモモを捉えている。
灼かれる。
圧倒的な殺意を受け、己の身が焼け焦げたかと思った。
しかし、灼熱に燃えるサカズキの腕が届く前に、両者の間にローが割り込んだ。
「させるか……ッ!」
一度は下ろした刃を再び構え、応戦の体勢を整える。
(ロー、ダメ……!)
声にはならなかった。
でも、戦ってはいけないと心が叫ぶ。
セイレーンの本能が告げていた。
ローに与えた奇跡の歌がもたらす効果は、すでに切れていること。
加えて、ローの体力は限界に近い。
能力を使えば使うほど体力を消耗してしまうローにとって、致命的な状況といえる。
奇跡は何度も起こらない。
サカズキを倒す千載一遇のチャンスは、モモの選択によって潰えている。
ローの刃とサカズキの拳は、まだ衝突していない。
だけど、このままぶつかれば確実にローが押し負けると予感した。
サカズキの標的は、いつの間にかローへと変わっている。
きらりと光る妖刀など見向きもせずに、彼の視線はローの胸へと集中していた。
撃ち抜くつもりか、心臓を。
でも、サカズキは忘れている。
ローの胸を抉っても、雄々しい心臓はそこにない。
彼の心臓は、モモの中で脈打っているのだ。
(胸を撃たれても、ローは死なない……?)
オペオペの実の能力は特殊で、切り離された臓器は別次元にある。
理屈で言えば、ローの中の心臓を破壊されても、ロー自身に影響はない。
渾身の一撃を外したサカズキは、ローの反撃によって敗北する。
ただし、その場合、犠牲になるのはモモの心臓。
モモが命を懸ければ、最後のサカズキの一手を防ぐことができる。